一般的に、フランス料理は足し算、和食は引き算の料理と言われています。確かにフランス料理は足し算というか積み重ねが多く、ソースは典型的な例だと思うのですが、何かを煮詰めて次を足し、それを煮詰めてさらにバターや生クリームで仕上げるということをします。重層的、といえば良いのでしょうか。
それに比べると、和食には考え抜いたシンプルさがあるような気がします。技術もそれに従って発達してきたようです。視覚的にも軽やかだから、年齢が重なるにつれて嗜好が和食に向かうというのもわからなくはありません。フランス料理は重いという印象があるからでしょう。ましてぼくのところのようにコース料理だけのお店となると、食べきれないという気持ちが先立ってしまうのはやむを得ないことなのかもしれません。でも、幅広い年齢層のお客様にお越しいただきたいから、それなりに工夫はしています。
フランス料理の場合、決められた美味しさというものがあって、そこに向かって真っ直ぐに突き進んでいくようなイメージがあります。その方法は人によって様々なのですが、それが一品料理(アラカルト)なのかコース料理の一皿なのかによって違いはあります。量もそうですが、味の濃淡もまた変えないといけないと思います。コースの場合、しっかりしたものが続くと辛くなるのは当然です。それに、単調にならないように、変化も必要になります。
最初が冷製なら次は温かいもの、季節によってこの順序は逆になることがありますが、できるだけ温度が重ならないように順番を工夫します。また、主材も海のものと山のものが続かないようにします。全体のバランスとリズムが重要です。
組み立てはそのようにしますが、一品ごとにも工夫があります。
先に、フランス料理は足し算と書きましたが、足し算ばかりではありません。引き算もあります。
基本的には塩味がベースですが、例えば思っていたよりも甘い場合、あるいは脂肪過多で重く感じる場合は酸味で調整します。それはヴィネガーであったりレモンなどの果汁であったりします。塩辛い時には希釈しますが、甘さで調節することもあります。フランス料理の場合、直接砂糖を使うことはありませんが、甘いアルコール類や蜂蜜、あるいはキャラメルを用いることはあります。苦味に対しても同じようなことを行います。
これらの動作は、物理的には足しているのですが、これは感覚としては引き算になります。そのようにして一つの料理の中で足したり引いたりを繰り返しながら完成させていくのですが、ぼくはその数が同じになることを常に目指しています。食べ終えた時にニュートラルになるように。そうすれば、次に来る料理が受け入れやすくなるからです。ぼくがコース料理を組み立てるときに一番重要視しているのが、これです。一品一品が完結していること。不完全なもの、未完成なものは未消化のまま残ってしまいます。そのようなものがどんどん蓄積されてしまうと、量的にも精神的にもすぐに飽和状態になってしまいます。だから、一品ごとの完成度を高めることで毎回受け入れ態勢を更新することができるとぼくは考えています。一話完結のショートストーリーが連作となっている一冊の本、それがぼくの理想のコース料理です。
ではその理想に近づけたのかというと、どうでしょうか。
ぼくは毎日毎日料理を作り続けてきました。だから上手になっているだろうとは思うのですが、自信はありません。遠くに見える頂上が近づいているという実感もありません。ただひたすら前を向いて歩いてきました。道に迷って途方に暮れたことは何度もありました。それでも歩みを止めなかったのは、生きるということが歩み続けることだと思っていたからです。きっと自分の料理で人を幸せにできる時が来る、そう信じていたから、ぼくの人生も幸せでした。
つむじ風はどこに向かっているのかわからないけれど、向かう限りは目的地があるのでしょう。たとえぼくが立ち止まっても、あなたがその先へと歩みを進めてくれるなら、ぼくのこの本には大きな価値があると思っています。
(道野正『つむじ風の向かう場所』)
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